連載-18 もっと知りたい都立工芸の歩み
戦前の貴重な記録を今に伝える 『IA』と『工藝』は工芸学校の歴史遺産
○ 『IA』
IAとはインダストリアル・アートの略である。かつて築地校舎の講堂入口の上には「Industrial Arts School」と薄肉彫の彫金でつくられた額が掲げられていたという。 今は当たり前に使う英語かもしれないが「美術工芸」に対する「産業工芸」を立ち上げていかんとする新時代の響きがしたであろう。校友会(生徒会)は築地時代から『IA』の名前で機関誌を年1回発行していた。残念ながら、築地時代の『IA』は1冊も残っていない。写真は現存する水道橋時代のすべての表紙である。第23号は欠落。第31号の鉄カブトの横顔を引き伸ばした表紙デザインは原弘(1921年・P卒)である。なお、まぎらわしいが『IA』第33号は英語禁止となって『工藝』に変えられた。
編集はもとより、表紙デザイン、本文レイアウトから印刷までをすべて生徒の手で行っている。内容は、論説・研究・文芸・各部報告などで構成され、先生も寄稿している。その中には戦地視察報告など歴史的に貴重なものもある。
○ 『工藝』
1937年(昭和12)に校友会(生徒会)は本科に第二・第三本科も合併したが、同年機関誌は逆に別れて、第二・第三本科の機関誌として『工藝』が創刊された。昼間働いて夜勉学をする第二・第三本科生は、本科生とちがう悩みをいだき、また社会の矛盾も知っていたので、純粋に勉学する本科生との共同編集には違和感もあったらしい。
1942年(昭和17)に第6号を発行したが、戦中はもう発行できる状態ではなかった。第7-8合併号が出たのは戦後の1947年(昭和22)。それが旧制時代の最後であった。写真は現存する旧制時代の4冊で、第2〜4号は入手できていない。
『IA』『工藝』共に戦前の記録としてきわめて貴重であり、同窓会の歴史的資料であるがすでに傷んでいる。
※ このコラムは「都立工芸100年の歩み」から文章を引用して再構成しています。








