会報誌を巡る-1.「築地工芸会々報/No1から・110年を越す同窓会」
会報誌を巡る-1.「築地工芸会々報/No1から・110年を越す同窓会」
都立工芸高等学校の同窓会「築地工芸会(旧称)」は1955年(S30)に復活し、第一回の「築地工芸会総会」が5月29日に母校講堂で開催され、9月27日付で「築地工芸会々報/No1」が発行されました。
創刊号巻頭には「社会の正常化と共に、同窓会本来の軌道にのせるべく数次にわたって理事会を開催、一日も早く総会を開くべく、終始努力が重ねられました。」とあります。当日の参加者は314名、正会員は5731名と記されています。
築地工芸会の復活には石引一朗校長(第五代学校長)のあと押しがあったと「工芸学校80年史」(1987)P214「築地工芸会の再発足」には記されており、復活した築地工芸会では学校長を名誉会長として迎え入れておりました。この、1955年の第一回の総会で挨拶された石引一朗名誉会長の「新発足につき御願い」では「築地工芸会は四十五年の歴史を持っているのであるが、ここ十五六年間は雌伏の状態にあつた。〜(中略)この度役員の陣容を刷新し、組織を改め、同窓生の完全な指導体制による新発足を見るに到りました。(中略)〜ともすれば我がままになろうとする後進の数育の為、懇篤な助言を頂き且つ就職の困難が益々はげしくなろうとする時でありますので、親身の御力添いを頂きたいと思います。」とあります。
「都立工芸100年のあゆみ」(2009)第五章「最初の卒業生」(P180)に、「1909年(明治42)に金属細工科生2名、1911年に精密機械科選科生、および精密機械科の本科生21名、1912年に家具製作本科性、1919年(大正8)に工業補修夜学校中等工業科機械科、そして1921年には印刷本科のそれぞれの第1期生が巣立っている。この間に同窓会が成立しているわけであるが、活動状況の記録はない。」とあります。石引校長が話された「45年前」とは明治43年(1910)で創立4年目。それまでの卒業生204名(注)で「築地工芸会」(都立工芸同窓会)は発足し、以来115年を超えたことになります。
注-「工芸学校80年史」(1987)、巻末「卒業生年次別数」から集計








