連載-19もっと知りたい都立工芸の歩み

「校友会から生徒会へ よみがえる自治を支えた機関紙」

○ 『ia』

旧制時代の本科・選科の生徒会誌『IA』は1942年(昭17)以来、休刊が続いていたが、タイトルを小文字に変えた『ia』は1959年(昭34)復刊した。旧制時代の総合誌をめざしたような編集ではもはやないが、これは年1回の発行で現在も続いている。


 

※『藝苑の泉』第50号(1956年11月26日)

○ 『藝苑の泉』

生徒会のメディアとしては、年1回発行の機関誌よりも新聞が必要だと、生徒自ら立ち上げた新聞活動には、戦後の若い息吹を感じる。1949年(昭24)2月ごろ機械科の生徒を中心に「編集部」がつくられ、後に全日制生徒会の機関紙となる新聞が創刊されることになった。命名を頼まれた石引校長は『藝苑の泉』と名づけ題字を墨書した。年に6回ほど発行した。

タブロイド判で印刷はもちろん印刷科でした。1950年(昭25)9月には第10号が、毎日新聞社主催の全国高校新聞コンクールで、300校中堂々の第2位になっている。機械科の野辺行十郎先生を顧問としていたが、生徒はまったく自由に新聞をつくり、ときに物議をかもし、ときに編集権を盾に校長の原稿さえ没にしたことさあったが、科別を超えた全校のコミュニケーションを図るという目的を果たした。『藝苑の泉』は今も発行されている。


 

※『工藝の友』創刊号(1952年)

○ 『工藝の友』

定時制生徒会編集班によっても新聞が出された。『工藝の友』で、創刊は1952年(昭27)。2年後の1954年(昭29)発行第9号が残っているので、年3回は出ていたようである。


※ このコラムは「都立工芸100年の歩み」から文章を引用して再構成しています。