同窓生インタビュー-5 国家資格受験体験記・前半 二級建築士

材木と縁の深い街、木場に個人事務所を構える一級建築士の江口裕子さん。江口さんは子どもの頃から建築の世界を目指し、難関といわれる国家試験に挑んで狭き門をみごと突破しました。でもその道のりは決して平坦なものではなかったそうです。今回は1998年に室内工芸科(現在インテリア科)を卒業した江口さんに、孤軍奮闘で挑んだ建築士の受験体験を伺いました。

語り手:
江口裕子(旧姓・杉原 1998年・F卒)一級建築士
聞き手:
杉原由美子(1992年・D卒)アニメーション監督、脚本家、歌舞伎解説者

ともだちの家を「建もの探訪」していた子ども時代

杉原:2023年3月から9月まで、母校エントランスのギャラリーにてI科卒業生の展示が行われていますが、そこで住宅設計のパネルを展示しておられる江口さん。子どもの頃からの夢をかなえ、建築士になるまでにはとても長い年月がかかり、大変な苦労もされてきたそうです。今日はよろしくお願い致します。
                                           
江口:よろしくお願いします。

杉原:実は江口さんは私の妹なので、子ども時代のことも知っているのですが……、そういえば小さい頃から住宅の折り込み広告が好きでしたよね。

江口:もともと家の間取り図が好きでしたが、由美子さんが漫画家・一条ゆかり先生のエッセイ本『一条さんちのお献立て』という本を持っていましたよね? その本に一条先生が描いた自邸の素敵な間取り図が載っていて、そのイラストが好きでずっと眺めていました。そのうちそれを何度も描き写し、次第に部屋を増やしたり、自分なりのアレンジも加えるようになったり……。

杉原:普通は女の子の絵を真似して描いたりしますよね。裕子さんは間取りを描き写してたんですね。ちょっとかわってるな〜。

江口:それから友達の家に遊びに行くと、その子の家を見る事が楽しみでした。

杉原:家をみるため? 世代にもよるけど、友達の家にはどんな漫画があるか、ファミコンのソフトは何があるか……とか、だいたいそんなことを考えるものでは? で、友達の「家」の一体何がおもしろかったのでしょう?

江口:大きなお屋敷のような家から小さなお家、長屋やその頃には珍しいマンション、とにかく様々な家や暮らしぶりを見る事がおもしろかった。外観から内部の間取りを考える遊びも脳内でしていました。

杉原:それはまた独特なひとり遊びですね。

江口:特に印象に残っているのは、同級生がアパートの隣り合わせに住んでいたのですが、同じ間取りなのに全く様子の違う室内になっていて、それは本当に衝撃的でした。

杉原:まだ十歳前後の頃ですよね? その頃から興味の対象が「家」だったんですね……。

江口:母は私が建築に興味があると気がついたようで、小学生の私を工芸祭に連れて行ってくれたんです。

杉原:私がD科の在校生だったころですね。

江口:そこで初めてF(現在I)科の生徒作品を見て「私もここへ行きたい!」と心に決めました。また、姉の由美子さんが私服姿で自由な雰囲気で登校している姿にあこがれていました。とにかく制服は着たくなかった。

杉原:そこは共感できます。工芸は私服で通えるのがよかった。とにかく、小学生の頃から工芸への進学を、そして建築士を目指していたんですね。

江口:建築士を目指すより先に、まずは工芸高校へ行きたいという目標が生まれました。

杉原:そして、一点突破で工芸に合格! 今から20年以上前のことですが、おめでとうございました。

「手の動きを止めたら終わり」全身がしびれても描き続けた二級試験

杉原:建築士の試験について教えてください。よく知らないのですが、建築士の試験ってどんな感じですか?

江口:工芸高校を卒業した後、専門学校ICSカレッジオブアーツに進学しました。ICSを卒業すると、二級建築士の試験を受ける資格が得られます。ですが、実は高校と専門学校で建築を勉強するうちに建築士になろうという思いは少し薄れてしまいました。

杉原:え、どうして?

江口:「大学を出ていない私が建築士になる事は無理だろうと」と本気で思い込み、ぶらぶらとアルバイトをしていた時期もあります。当時は就職できずフリーターになる人がたくさんいました。ある時、このままではいけないと思い、ハローワークへ行って、代々木にある設計事務所を紹介してもらい、雇ってもらえることになりました。私を含め4人の小さな設計事務所でした。その事務所で「建築士の試験を受けてみたら」と薦められ受験する事にしました。

杉原:上司に背中を押されたんですね。建築士の試験を受けるためには塾に通うんですか?

江口:通う人が多いですが大手の資格学校は学費が高額で、とても自分では払えないと思い、独学で勉強しました。

杉原:堅実的!

江口:なんとか学科試験に受かり、2か月後に製図試験を受けました。

杉原:裕子さんが「T定規と木の製図板で試験に挑んだ」というエピソードは家族の間でも語り草になっていますが、普通はドラフターを使うんですよね。

江口:ドラフターではなく平行定規付き製図台を使います。私は工芸高校時代から使っていたT定規と木製の製図版で臨みましたが、さすがにT定規は少数派で恥ずかしかったです。

※実際に試験で使用した製図道具。バッグは母の手作り

江口:二級の実技は木造戸建て住宅の製図試験です。時間は確か10時から17時までで、課題が配られたら、はじめの2時間程度は設問を読み込んでプランを考え、残りの時間でひたすらかき続けます。

杉原:休憩時間は?

江口:そんなものはありません。飲み物とお菓子を机に置いてトイレにも行かずに書き続けます。

杉原:建築士の試験はずいぶんストイックなんですね。でもお菓子があってほっこり。

江口:とにかく、手を止めたらおしまいです。次第にめまいがしてきて、だんだん体がしびれてきました。

杉原:「しびれている様な気がするくらい疲れてきた」ということですよね。

江口:いや、本当に体中がしびれて……でも手は止められない。試験が終わったらこのままここで、バッタリ死ぬんだな……死亡したらニュースになるかも……と思いながらかき続けました。

杉原:(笑)生きていて良かったですね。二級は一発合格だったとか。

江口:当時24才でした。二級試験を独学で合格できたのは、工芸で学んだ基礎があったからかもしれません。

杉原:いや、そうに違いありません。とにかく二級合格、おめでとうございました! いよいよ、難関と言われる一級の試験(合格率20%前後)について伺いたいのですが。

江口:それはもう試験中に体がしびれるなんていうレベルではなく、受験前にものすごいスランプに陥り、製図をまったくかけなくなってしまいました。

この続きは次回をお楽しみに!